
この記事は、企業理念を作ろうとすると、どこかで見たような立派な言葉しか浮かばない経営者の方に読んでほしいと思って書きました。
「企業理念を作ろう」と紙に向かうと、「誠実」「挑戦」「お客さま第一」……どこかで見たような言葉ばかりが浮かんできませんか。
立派なのに、自分の会社の話に聞こえない。それは、言葉を外から探しているからかもしれません。
企業理念の材料は、じつは会社のこれまでの「決断」の中に、もう入っています。
ブランディングの目的が決まったら、次は材料を集める番です。この記事は、ブランディングの9ステップの2つ目「想い・背景を書き出す」をくわしく説明します。
この記事でわかること
- 企業理念の意味と、経営理念・社是・社訓との違い
- 企業理念は「考える」より「掘り出す」ほうがよい理由(研究と国の手引き)
- 会社の歴史から芯を掘り出す、作り方5ステップとワーク
- 架空の記入例・例文と、よくある失敗
企業理念とは「会社が大切にしてきた考え方を、言葉にしたもの」
企業理念とは、会社が何のためにあり、何を大切にしているかを言葉にしたものです。似た言葉がいくつかあり、使い方は会社ごとに違います。
企業理念・経営理念・社是・社訓の違い
企業理念と、似た言葉の違い(一般的な整理)
| 言葉 | 主に何を書くか | 誰に向けて |
|---|---|---|
| 企業理念 | 会社がある理由・大切にする考え方 | 社内と社外 |
| 経営理念 | 経営者が経営で大切にする考え方・方針(企業理念とほぼ同じ意味で使う会社も多い) | 主に社内 |
| 社是 | 会社として正しいとする方針(短い標語が多い) | 社内 |
| 社訓 | 社員が守る心がまえ・行動のきまり | 社員 |
この記事では、企業理念と経営理念をほぼ同じものとして扱います。経営理念の作り方を探している方も、そのまま読み進めてください。
パーパス・MVV・USPとの関係
企業理念は、会社の内側にある「芯」です。パーパスは「何のためにあるか」を言葉にしたものです。MVVは、その芯を「使命・目指す姿・大事にする行動」などに分けて磨いたものです(STEP6の記事で説明します・近日公開)。
USPは、お客さんに向けた約束の一言です。芯が決まっていると、USPや見せ方の言葉がぶれにくくなります。

企業理念は「考える」より「掘り出す」――研究と国の手引きが示すこと

会社の芯は、新しく考えるより、すでにあるものを掘り出すほうが近道です。
組織の研究をまとめたマーキスとティルチックの論文では、会社が生まれたころに身についた特徴は、その後、環境が大きく変わっても残り続ける(刷り込み)と整理しています。創業者が決めたやり方は、創業者が会社を去ったあとも、さまざまな面に影響し続ける、とも書いています。
Marquis, C., & Tilcsik, A. (2013). Imprinting: Toward a Multilevel Theory. Academy of Management Annals, 7(1), 193–243.
シリコンバレーの若いハイテク企業を調べたハナンらの研究では、創業者が描いた「人の雇い方・働き方の設計図」を途中で変えた会社は、失敗する危険が高まりました。著者は、その設計図が会社らしさ(アイデンティティ)と強く結びついているから、と説明しています。
Hannan, M. T., Baron, J. N., Hsu, G., & Koçak, Ö. (2006). Organizational identities and the hazard of change. Industrial and Corporate Change, 15(5), 755–784.
これは企業理念そのものの研究ではなく、働き方の設計図の研究です。それでも、たとえとして「会社の芯はすでにあり、無理に別のものに替えると揺らぎやすい」という見方を支えてくれます。
国の手引きも、経営理念を重く見ています。中小企業庁の事業承継ガイドラインは、経営理念を財務諸表には表れない経営資源(知的資産)のひとつに挙げ、「事業承継の根幹のひとつとして、自社の経営理念を承継することの重要性を忘れてはならない」と書いています。振り返るときは、「なぜその時期に」「なぜその場所で」「なぜその事業を」始めたのか、から始めるのがよいとしています。
中小企業庁(2022)「事業承継ガイドライン(第3版)」 p.29, p.42–43
掘る場所は「創業のころ」と「転機」です。事業承継の手引きですが、この3つの問いは創業者ご自身にも使えます。
会社の背景から掘った理念は、お客さんに選ばれる材料にもなる
掘り出した理念は、社内の物差しになるだけではありません。
アーデらは、これまでの実績・長く続いていること・中核の価値観・ロゴなどの象徴・「自社の歴史は大事だ」という考えが、ブランドの個性(アイデンティティ)の一部になると整理しています。また、モーハートらの研究では、お客さんが感じるブランドの「本物らしさ」は、信頼できる・誠実・象徴になる・続いているの4つでできており、本物らしいと感じるほど、ブランドへの愛着と口コミが増えることが示されています。
Urde, M., Greyser, S. A., & Balmer, J. M. T. (2007). Corporate brands with a heritage. Journal of Brand Management, 15(1), 4–19./Morhart, F., Malär, L., Guèvremont, A., Girardin, F., & Grohmann, B. (2015). Brand authenticity: An integrative framework and measurement scale. Journal of Consumer Psychology, 25(2), 200–218.
どちらも、大きな会社や消費者向けブランドの研究です。考え方として見ると、大事なのは歴史の「長さ」ではなく、「続けてきたこと」と「うそがないこと」です。創業して数年の会社にも、続けてきたことはあります。
企業理念の作り方5ステップ(想い・背景から掘り出す)
ここからは、経営理念の作り方としても使える手順です。材料は、会社を始めたきっかけ・大切にしてきたこと・これまで守ってきたやり方の3つ。ステップごとのワークを進めてください。

ステップ1:会社の年表を「出来事」ではなく「決断」で書く
創業、移転、新しい商品、人を雇った、やめた、断った。会社の年表を、年ごとの決断で書きます。大事なのは、各行に「なぜそうしたか」を1行添えることです。

当たり前すぎて書かないことほど、書いてみてください。経営者にとっては当たり前のことほど、ほかの会社にはない強みであることが少なくありません。
ワーク 会社の年表に、大きな決断を5つ書き、それぞれの理由を1行ずつ添えましょう。
ステップ2:創業したときの気持ちと、ずっと続けていることを書き出す
創業の気持ちは、ガイドラインの3つの問い「なぜその時期に」「なぜその場所で」「なぜその事業を」で思い出せます。続けていることは、手間がかかっても、損をしてもやめなかったことです。
私の場合、2015年にアメリカ・サンフランシスコでの留学から戻ったとき、仕事についていませんでした。そこで、自宅で、自分でできる範囲でやってみようと思い、2016年3月に独立したのが始まりです。このワークを私がやると、次の4つが出てきます。
- 誰かに喜んでもらえる仕事をすること
- 1つ1つの仕事に感謝して、丁寧に向き合うこと
- 細部に神が宿る
- お客さんの先の人が喜んでくれることを考えながら仕事をすること
ワーク 創業したときの気持ちと、ずっと変えずに続けていることを、3つずつ書き出しましょう。
ステップ3:「断ったこと・やめたこと」から、ゆずれない線を見つける
何を断ったか、何をやめたかには、何を大切にしているかが表れます。表からではなく、裏側から掘る方法です。
断った仕事が思い当たらない会社もあります。そのときは「どんな仕事でも、これだけは変えずにやってきた」ことを書いてください。それも、ゆずれない線です。
ワーク これまでに断った仕事・やめたことを3つと、その理由を書きましょう。思い当たらなければ、どんな仕事でも変えなかったことを3つ書きましょう。
ステップ4:くり返し出てくる「理由」に印をつける
ステップ1〜3で書いた「理由」の行だけを並べます。同じ意味の言葉に、同じ色で印をつけてください。言い方が違っても、意味が同じなら同じ色です。一番多く印がついたものが、芯の候補です。

私は、自分の考えを深掘りして言葉にする、という意味では、ここで見つかるものを「芯」と呼んでよいと考えています。ただ、過去ばかりを見て決めるのではなく、未来も見ながら決めていくことが大事だと思っています。
ワーク 理由の中から、2回以上出てきた考え方を1〜3個選びましょう。
ステップ5:1文の下書きにして、過去と未来で確かめる
選んだ考え方を、次の型で1文にします。
「私たちは、(くり返し出てきた考え方)を大切にします。」+そのわけを1行(背景の一言)
- 過去で確かめる:この言葉で、ステップ1の決断を説明できるか
- 未来で確かめる:次に迷ったとき、この言葉で決められるか
この段階では下書きで十分です。言葉を磨いて、使命や行動の言葉に分けるのはSTEP6(MVVの記事・近日公開)で行います。
ワーク 下書きの1文を書き、過去の決断3つに当てはめてみましょう。
記入例(架空の例です):従業員12人・2代目の自動車整備工場
- 決断の年表:先代が独立して開業(直さなくていい部品まで替えるのが嫌だった)/安売りの車検に値下げで対抗しなかった(点検の時間を削りたくなかった)/交換した部品を見せて説明するのを全員のきまりにした(納得して帰ってほしかった)
- 続けていること:作業の前に見積もりを出し、勝手に作業を増やさない
- 断ったこと:見積もりを安く見せるための、最低限だけの車検
- 印がついた理由:「納得」「必要なことだけ」
- 下書き:「私たちは、お客さんが納得できる、必要なだけの整備を大切にします。」創業のときから、直さなくていい所は替えないと決めてきたから
企業理念の例文(いずれも架空の例です)
- 不動産会社:「私たちは、住む人の10年後まで考えて紹介します。」(売りやすさより、住み続けられるかで物件を選んできた)
- 写真館:「私たちは、何気ない表情を残すことを大切にします。」(決めポーズだけの撮影をやめ、待つ時間をとってきた)
- パン屋:「私たちは、毎朝食べられる、正直なパンを焼きます。」(日持ちのための添加物を使わないやり方を続けてきた)
例文は言い回しを借りずに、かっこの中の「背景」のほうを見てください。
2代目・3代目の経営者は、先代の「なぜ」から掘る

事業承継ガイドラインは、想いや理念を受け継ぐには「以心伝心」や「阿吽の呼吸」に頼らず、現経営者と後継者の対話が何より大切だ、と書いています(中小企業庁(2022)「事業承継ガイドライン(第3版)」 p.54前後)。先代がいるうちに、聞いておきたいことがあります。
先代に聞く5つの質問
- なぜその時期に、その場所で、その事業を始めたのですか
- 一番苦しかったとき、何を守りましたか
- 手間がかかっても、やめなかったことは何ですか
- 断った仕事はありますか。それはなぜですか
- 私(後継者)に、一番残してほしいものは何ですか
私は鉄工所を営む家に生まれ、父の会社を見て育ちました。言葉にはなっていなかったけれど、父の会社が大事にしていたと私が感じるのは「丁寧な仕事」です。誰も見ていなくても、自分はごまかせない、ということだと思います。
受け継ぐのは「やり方」ではなく、「そのやり方を選んだ理由」です。先ほどのマーキスとティルチックも、創業のころの刷り込みは、時がたつと環境に合わなくなることもある、と書いています。やり方は変えてよく、理由は残す。そう分けると、先代の想いを守りながら新しいことにも踏み出せます。
企業理念づくりで、よくある3つの失敗
失敗1:有名企業の理念や例文を、言い回しだけ借りてしまう
借りた言葉は立派でも、自社の出来事で説明できません。先ほどのモーハートらの研究では、「本物らしく見せる」手がかりの一部は、宣伝を疑う気持ちが強い人には効き目が変わる、という結果も出ています。
こう直す:自社の出来事で説明できない言葉は外します。それらしい言葉より、出来事で説明できる言葉を選びます。
失敗2:昔の「やり方」まで理念にしてしまう
「手作業で仕上げる」のようなやり方まで理念に入れると、環境が変わったときに理念と現場がずれてしまいます。
こう直す:やり方は変えてよいものとして外し、「なぜ手作業にこだわってきたか」という理由のほうを残します。
失敗3:完璧な言葉にしようとして、手が止まる
完璧な1文を目指すと、いつまでも決まりません。
こう直す:下書きのまま、次のSTEP3へ進みます。お客さんに「なぜ選んだか」を聞いてから磨いたほうが、言葉はしっかりします。


最初は、社内でしか通じない言葉でも大丈夫です。磨くのは、お客さんの声を聞いてからで間に合います。
企業理念の下書きセルフチェック(すべて「はい」なら次のステップへ)
- 自社の決断3つ以上を、この言葉で説明できる
- ほかの会社の名前に入れ替えると、しっくりこない
- 次に迷ったとき、この言葉で決められる場面が浮かぶ
- 「やり方」ではなく「理由・考え方」になっている
よくある質問
Q. 創業して日が浅く、語れる歴史がありません。
創業前の経験、独立した理由、この数年で断ったことも、立派な背景です。大事なのは歴史の長さより「続けてきたこと」です。
Q. 理念はあるけれど、古くて社員に通じません。作り直すべきですか?
言葉は、いまの人に通じるように直してかまいません。ただし、その理念が生まれた理由は残します。ステップ1の年表で、生まれた場面を確かめてから直すと安心です。
Q. 企業理念とパーパス・MVVは、全部そろえる必要がありますか?
小さな会社は、まず企業理念の1文からで十分です。分けたほうが使いやすくなったら、パーパスやMVVに分けていきます。
まとめ:企業理念は、会社の歴史の中にすでにある
この記事のまとめ
- 企業理念は、会社が大切にしてきた考え方を言葉にしたもの。ブランドの「芯」です
- 新しく考えるより、決断(始めた・変えた・断った・続けた)の理由から掘り出す
- 5ステップ:決断の年表→創業の気持ちと続けていること→断ったこと→くり返す理由に印→1文の下書き
- 受け継ぐのはやり方ではなく、やり方を選んだ理由。STEP2は下書きで十分
次は9ステップの3つ目「お客さん・市場・競合を調べる」です(近日公開)。全体の流れはブランディングの進め方(3工程と9ステップ)でどうぞ。掘り出した背景を、お客さんに届く物語にするのはSTEP8のブランドストーリーの作り方で説明しています。
企業理念を、経営戦略から一緒に考えませんか
UNIBRANDでは、言葉もデザインも、経営戦略のひとつと考えています。経営者のお話を聞いて、会社の歴史の中から芯を掘り出します。そのうえで戦略から考えて、言葉やデザインの形にするところまでお手伝いしています。
企業理念を作りたいけれど立派な言葉しか浮かばない、先代から受け継いだものを自分の言葉にしたい。そんなときは、お気軽にご相談ください。
