ちょっと成長

根拠の無い圧倒的な自信を築くために

東京タワー

尊敬する人はたくさんいる。私は人のいいところばかり見てしまい、その人が語る「言葉」を信じてしまうので騙されやすい。

先日見た映画のセリフで

信じられるのは約束じゃなくて行動よ

というのがあり、「……あっ。」とちょっと人を簡単に信用し過ぎてしまう自分を反省した。

簡単に相手の話を信用してしまうので「この人すごいな」と、単純に尊敬してしまう人もたくさんいる。でも何度も「逢いたいな」と思う人はそう多くない。
 
 
「また逢いたい」と思う人の1人は、私が人生で出会った中で一番稼いでると思う人。困った時に相談にのってくれて、元気がない時には元気になる言葉をくれる人。

言葉にすごく力がある人だから、その人の言葉は「そうなんだろうな」と素直に受け入れられる。たくさんの心に響く言葉をもらったけれど、1つずっと強く残っている言葉がある。

自分にどうしても自信が持てなかった時に、

私に足りないものって何ですか?

と聞いた時の返事だ。

努力、経験、勉強、人づきあい、お金、知識、英語力、アイデア………足りないものはたくさんあると思っていたけれど、自分が何をどう頑張ったら良いのか、もうわからなくなって聞いてみた。

んー。生意気だし、エネルギーはすごいし、面白いから…足りないものはないけれど、あえていうなら”根拠のない圧倒的な自信”かな

と言われた。

あまりに的確過ぎてキョトンとしてしまった。

気づいていないわけではなかったけれど、こうして言葉で的確に突かれると痛かったしごもっともだと思った。

「大丈夫、kayaちゃんはすごい人だから」と何度も言ってもらってたくさんの自信をもらったけれど、時にその自信がぐらつきそうになる。というか、よくぐらついている。そんな時、連絡したくて心揺れるけれど、3分くらい考えてそっとスマホをしまう。
 
 

何かを、誰かを信じると決めた自分を信じる

特に最近、人の言葉を信頼できなくなったり、正直でいることで痛い目見たり、何を信じれば良いのかわからなくなっていた。結果、身近な人に「最近ネガティブやな」と言われてしまい、確かに弱ってるな、と反省した。

いくら親しい関係でも、仲良しな友達でも、最初は相談してくれることが嬉しかったとしても、頻度や質が度を超すと重荷になってしまう。

だから、何を、誰を信じたら良いのかわからなくなった時こそ、「それを、その人を信じよう」と決めた自分を信じたいと思う。

自分を信じること、自分が決めたことを信じる事。
そこからプラスを積み重ねていくことが、きっと根拠のない圧倒的な自信につながる。
 
 

会いたいと言ってもらえる人でありたい

自分が弱い時、励まして欲しい時、元気にして欲しい時、甘えてイイ関係もあると思う。でもできるならどんな関係の相手からでも、相手から「会いたい」と呼び出してもらえる人でありたい。

自分が弱っている時に「会いたい」と連絡するのではなく、相手から誘ってもらった時か、自分が一歩でも半歩でも成長した時に、またほかのアドバイスをもらえる自分になってから会いに行きたいと思う。

でないと、前回時間を割いて私のために使ってくれた時間がもったいなくて申し訳ない。

つまり、私はまずは「根拠のない圧倒的な自信」を身につけなければならない。ぶれない自信を手にして初めて、次のステージに上がることができる。

家族や恋人、友達というくくりの関係でない相手だからこそ、「会いたい」と言ってもらえる自分でありたいと思うし、成長した姿を見せたいと思う。

明日から「ぶれない、根拠のない圧倒的な自信」を築いていくために、弱音は吐かない。考えない。
「私なら大丈夫、できる」って信じてる。