ちょっと成長

悲しい結果が見えていたとしても、私はこの道を選んだだろう

モヒート

「人生で、何ひとつ後悔していない」なんて絶対に言えない。

朝起きて、胃が重くて気持ち悪いなと思えば、前日の夜についついアイスを食べてしまった自分を「あの時の私、ばか…」と後悔するし、昔、仕事でのイライラがピークに達してその怒りをどこにぶつけたら良いのかわからなくて手に持っていたスマホを床に投げたらスマホのwifi機能が使えなくなるという事態に陥った時には、次に買い替えるまで半年間くらい日々反省し続けた。

オシャレしてちょっとヒールのある靴を履いたら夜には靴擦れしてしまって歩くのが辛くて「なんでこんな靴履いたんだろう…」と後悔するし、週末の夜につい食べ過ぎてしまって後悔することなんてもうほぼ毎週だし、私の人生は毎日反省と後悔の連続だ。
 
でも、自分が考えて出した答えには後悔はない。例え、選んだ時には予想できなかった悲しい未来が待っていたとしても、それでもその選択肢を選ばなければ良かったなんて思いたくない。

未来なんて誰にもわからなくて、その時、その瞬間に、自分で考えて出した答えなら、その結果の責任は全て”今の自分”にある。この結果を招いたのは、選んだ時の私じゃない。数ある選択肢の中から道を選ぶとき、選んだ私はきっと「この道が幸せになれる道」そう思って選んでいる。だからその道をいざ歩いてみて、その中でまた小さな選択肢の1つ1つの新しい道を作って来た。
 
その結果として、悲しい結末を迎えることになってしまったとしても、選んだ道の中にはきっと、選ばなかったら経験できなかった幸せな時間がたくさんあった。選ばなかった道では出会えなかったはずの人たちに出会えて、それまで知らなかった感情や世界に出会うことができて、いつか振り返った時、人生で宝物になるような思い出がたくさんできた。
 
今日は、予想していなかった結末を迎えて、大粒の涙が止めどなく溢れた。私がもっと強かったら、私がもっと自分を律することができたら、私がもっと器用だったら、私がもっと若かったら。そんな足りないものばかりが目について、お風呂の中で泣きながら、手放したものの大きさを感じつつ、改めて「もう二度とあの時感じた幸せを感じることはないんだ」と思うと、また涙が止まらなくなった。
 
それでもあの時、選択肢を選んだあの時、こうなる結果が見えていたとしても、私はこの道を選んだだろう。そのくらい、すごくすごく、それはそれは、幸せな時間だった。たくさんの勇気と力をもらった。だから私は、きっとまた、ここから新しい時間を重ねていけると、そう信じていたい。