後輩に贈る仕事哲学

最短で自由を手にするために、大切なことは「量」だった

デザート@keats祐天寺

3年前、毎日同じ人と同じ場所で同じ会話をするのが怖くて仕事をやめた

7年前の話ですが、3年3ヶ月勤めていた会社をやめました。仕事も大好きで、一緒に働く仲間も大好きで、その会社も大好きで、給料には多少不満があるものの何不自由なく暮らしていましたが、ある日、ふと怖くなったんです。

仕事にも慣れてきて企画や記事を書くというクリエイティブな仕事をしながらも、頭の使い方がルーティーンになってしまっていて、大好きな仲間とランチに行っても目新しい話題はあまりなく、入社当時、3年前には新鮮だったものが当たり前になってしまっていて、「これから1年後、私はまた、同じメンバーで同じ仕事をして同じ会話をしているんじゃないか?」と急に怖くなって、「私、アメリカに行きます!」と言って会社をやめました。

「なんでアメリカ?」とみんなが思う中、「おまえが何かに挑戦したいと言った時に、応援してやるのが、俺にできる最後の仕事だな」と私の仕事の師匠はかっこよく言い放ち、引き止められることなく私は辞めていきました。

自由を手にした今思うこと

お魚ランチお魚ランチ

今、私は子育てはあるものの、保育園に預けている間は比較的、好きな場所にいて、好きな人と好きなことをすることができます。仕事はフリーランスなので結果は求められるものの、好きな時に働き好きな時に本を読み、好きな時に家事をして暮らしています。(TOP画像は今日のランチ:美食同源 CAFE KEATS

と言っても、そんな優雅な毎日ではなく、やりたいことがたくさんあるので毎日走り回っています。文字通り、18:30までに保育園の迎えに行かなければならないけれど18:20まで仕事をしていて猛ダッシュで走って行くこともしばしば。

それでも生活には満足していて、そんな生き方を認めてくれている周りにも感謝しています。

スキルも何もないなら時間という量を使う

振り返ってみると、この生活を得るために過去の私は本当によく頑張っていました。

25歳でプロデューサーのもとに弟子入りし、入社1年目はほとんど休みはなく、7時から時計の針が2回目の2を指すくらいまで働いて、帰って寝て翌朝起きたら会社に行きたくなくて泣いて、でも「こんなところで負けたくない」と当時好きだったアルフォートを1粒かじって家を出ました。今となってはなんで泣いてたのかも思い出せないけど。

特段、スキルも何もなかった私はただ時間という量を使うことでしか役に立つことができず、自分にできることなら何でもやったし、「目の前の仕事を少しでも良くしよう」と向き合ってきました。

ただ、今手にしている自由や幸せは過去が作ってくれたものであって、次のステージに進むためには、また何かを貯めなきゃいけない気がしています。特に、これからやりたいと思っている「ママCEOをプロデュース」という部分においては、発信をし始めたばかりなのでまだ0の段階。

圧倒的な量が「当たり前過ぎて怖くなる」を作る

そんなことを思っている時に見つけた記事に「圧倒的に量をこなせ」と書かれていました。

これを読んで、改めて今の私には量が足りないことに気付かされました。自由が欲しくてもがいていた当時、働けれるだけの時間を使って誰よりも量をこなして、誰よりも早く成長したいと思っていました。

そして「当たり前過ぎて怖くなる」というのは、自分が成長した証拠だったんだと思います。

今、まだここが私の最終GOALではないと思うから、圧倒的量をこなしたいと思います!と言っても、子育ても仕事もあるので以前のようにはできないけれど、それでも、数年後に振り返った時に、「ママCEOをプロデュースする」という点において、「私、毎日ママCEOの記事を書いてプロデュースしてるけど…来年もこれしてるのか?!」と思うくらいに、当たり前過ぎて怖くなるくらいまで、次のステージにあがるためには圧倒的な量が必要なんだと思います。

私もまだまだがんばります!