新しい家族の形を築いた一年間に「おめでとう」を

新しい家族の形を築いた一年間に「おめでとう」を

[chat face=”kaya-prof.jpg” name=”kaya” align=”left” border=”red” bg=”none” style=”maru”] こんにちは、kayaこと、栢原陽子(@kaya_uni)です。 [/chat]

10月6日、今までベビと呼んでいた息子が1歳になりました。

「1歳の誕生日は特別」とよく聞きます。私の仲良しのママ友も、子どもが1歳の誕生日を迎える月には、様々なイベントに出かけて大忙しでした。以前先輩から借りた子育て漫画でも1歳の誕生日には祖父母を招いてお祝いした話が掲載されていたし、一升餅を背負ったり、スタジオで写真を撮ったりする方も多いですよね。

数年前には「ママも1歳の誕生日おめでとう」みたいな動画が話題になっていたので(下記)、「1歳の誕生日ってそんなに特別なのか、私も泣いちゃうのか」と想像を膨らませていました。

風船を用意したり、インスタ映えするような壁紙買ったり、特別なことをしようと思っていのですが、せっかくの3連休だったこともあり実家に帰ることにしました。(旦那さんの実家とうちの実家は車で15分ほど) 実家に帰ると決まった時から、完全に指揮官がお義母さんに移ったのでお任せすることにし、1歳の誕生日を迎えることになりました。

旦那さんのご両親には本当によくしてもらい、ご馳走を頼んでくださり、つきたての一升餅やお頭つきの鯛を用意していただき、お赤飯も炊いていただきました。

また、旦那さんのお父さん方の実家が山を持っていて(田舎なので)、誕生日会の朝には「松茸とってくる!」と4時半頃に家を出て実家がある山に向かったのですが、残念ながら松茸は1本も入手できず、楽しみにしていた松茸の土瓶蒸しは出てこないというシュールな思い出もできました。

実際、1歳の誕生日を終えて、「1歳の誕生日は特別だったか?」と聞かれると…みんなが想像するような特別感はほとんどなく、ご馳走を用意し、一升餅を背負って何を選ぶかやったり集合写真を撮ったのは特別でしたが、気持ち的に大きな変化があったわけではなく、1歳になった息子を前にしても何も変わらない私がいました。

そろばんと財布と筆を並べて、筆をとりました

そろばんと財布と筆を並べて、筆をとりました

約30年間、今までそこにベビの存在がいないのが当たり前でした。

1年前に生まれた時には、しばらくはベビも私も、お互いに付き合い方を手探りで探しているような感じでした。

おっぱいがうまく飲めず「私も出すように頑張るから、ベビもうまく飲むようにがんばって」というところから始まり、どうやったら寝かしつきやすいのか、どうやったら1人でお風呂に入れられるのか、どんなおもちゃが好きなのかなど、何がベストかを探しながら毎日過ごしてきました。

0歳児は一生のうちでもっとも成長すると言われる通り、お風呂の入り方1つとっても、一緒に入りだしてすぐに「これで行こう!」と決めた方法も、寝返りをするようになるとまた変更が必要で、おすわりをするようになるとまた変えて、ハイハイするようになるとまた変えて、バウンサーから降りるようになるとまた変えて、と日々めまぐるしく変わる変化に対応するのに、お互いに一生懸命な1年間でした。

そして今、1年経ってようやく、「つかまり立ちする」のレベルに来て、洗濯を2回まわすことも、離乳食を作ることも、先に寝かしつけておいてあとから寝室に運んで起こさない方法も、全てが当たり前になりました。

ベビも寝室で目を覚ますと、最初は「ここはどこ?!」という反応をしていましたが、最近は「自分の居場所」と思ってくれているのか、途中で目を覚ましてもまた寝入ることができ、泣かずに起きれる日も増えてきました。

そこにはもう、1年前にあった不安そうに存在する姿はなくて、「ここが俺の居場所」と言わんばかりに堂々と場所を陣取って眠る姿があり、それを見ては「家族になったんだな」と感じて、1歳になるってそういうことなのかもしれないと思いました。

1歳を迎えたことが嬉しいという気持ちもあります。でもそれよりも、生まれたばかりの頃はベビも私も旦那さんも、みんな手探りで新しい家族の形を築こうと一生懸命でした。1年経って、やっと家族として1つにおさまった感じがして、それが一緒に頑張って過ごしてきた1年の軌跡のようで、そこに「おめでとう」と言ってあげたいと思います。