後輩に贈る仕事哲学

“成長できる人”は、人と自分を信じて反復練習ができる人

倉敷の街

“成長できる人”は単純な人が多い気がする。

そもそも私は「バカなくらい純粋で人のことをすぐ信用しすぎて怖い」とパートナーに言われるくらい、簡単に人を信頼して影響を受けてしまう純粋バカなんだそう。
 
 
師匠が私を育てた時のことを思い出し「おまえは『やれ』と言ったことはなんでも素直にやったからすごく育てやすかった」と言ってくれた。
 
確かに、師匠からふられた仕事に対して「私、これできるかなぁ?大丈夫かなぁ?」と思っていたとしても「kayaならできる。」と言われると純粋に頑張ろうと思えた。1回だけすごく不安になって「本当にできるのかなぁ?」と弱音を吐いた時にも

できるよ、絶対できる。だって頼んでる俺ができると思ってるんやから

と言われて、「あっ、そうか。じゃ、私できる」と思ったのを覚えている。

それ以来、「この人が私を信頼して言っているんだったらそれは私にもできることなんだろう」と思って生きていた。(私…単純すぎる(´-ω-`))
 
 
もちろんみんな、私みたいにバカなくらいに単純ではないけれど、単純じゃないからこそ苦労している姿を最近何人か見てきていろいろと考えるところがあった。

“成長の近道を探している子”は、「どれが一番近道なんだろう」と近道を探すがあまり道を見失っていて、私からすると「目の前のことをただひたすらやってみる」というただそれだけのことに時間がかかっているように見えた。

また、”自分で優先順位を決めてしまう子”は、何が一番大切かわからなくなってしまって、結果がでなくて余計に大変な状況に自分を追い込んでしまっているように見えた。
 
 
今日、師匠が会議でイイことを言っていた。

ひらめきは反復練習の中からしか生まれない

「何よりも反復練習が大事で、いろんなことを疑うよりもまず反復練習をして基礎体力をつけなさい」という意味で、「あれこれ考える前にまずできることをやってみたら?」というアドバイスだった。
 
 
もし信頼できる人が「これやってみたら?」とアドバイスをくれるなら、「無意味では?」とか「こっちのほうが早いのでは?」と考えすぎることなく、純粋にその言葉を信じて延々と取り組んだほうがイイ。

もし「できない」と思うならそれはその”アドバイスをくれた人の見る目”が誤っていると判断していることになるし、期待を裏切っていることにもなるし、その相手の意見を無視するのもすごく傲慢な気がする。だから私は自分に力がないと思った時ほど純粋にアドバイスを信じたし従った。
 
 
昔、誰かが言っていた。

本当にすごい人は当たり前のことを毎日続けられる人

と。

当たり前だからこそ、基礎的なことだからこそ軽視してしまいがちだけれど、本当はバカなくらいの反復練習が一番大切なことで、その基礎力をなくして何かを成し遂げるなんてできないんだと思う。