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フリーランスとして、ママとして、自分らしい生き方を探す日々|栢原陽子

職業:ママ

今、私のおなかの中に赤ちゃんがいます。

投稿日:

2017年初桜

今、私のおなかの中に赤ちゃんがいます。

まだ9週ほどの本当に本当に小さな命です。

今日やっと大切な人たちへの一通りのご報告が終わったのでここでもお伝えさせてもらいます。どんな風に報告するか悩み、何度も書いては消してを繰り返してますが、とりあえずご報告です。
 
  
「あれ?」と思って検査したのは2月1日の朝。わかった時は、嬉しいよりも不安でいっぱいでした。一番に浮かんだのは、一緒に働く尊敬する人たちの顔。(旦那っちごめん笑)2018年夏の目標を描いてやっと走り出したところだったのに、「私一緒に走れません」を伝えるには申し訳なさ過ぎ、これから経験できると思っていたやりがいや成長を失うことを考えると不安しかありませんでした。

それから、当たり前だと思っていたことが当たり前ではなくなる不安とか、些細なことだけれど「あれもできなくなる」「これもできなくなる」ばかりが頭の中をよぎって、すぐに誰かに伝える気にはならず自分の中で仕事やいろんなことに答えを出してから話そうと決めました。
 
 
バレンタインが近いこともあって、旦那さんへの報告はその時でいいかとも思ったけれど、それから数日後「3月に海外旅行に行こう」と誘われ、「無理」の理由をごまかせなくて話すことになりました。ただ、その時の私は、「仕事を辞めたくない」が何より強く「仕事は辞めたくない」を連呼したところケンカになり最悪の報告になり、さらに数日後、夜な夜な泣きながらケンカをして「妊婦を労れ!そんな人を父親として子供を育てたいか考える権利が私にはあるから覚えときな!」と大揉めしたりもしました。

そのケンカを経て、「そんなに仕事辞めて欲しいならもう辞めるわ!誰にも言わずに辞めてやる。身勝手に辞めたことにすれば、もう戻る場所もなくて会社も私も未練もなくなるわっ!」と思っていた頃、どんどんつわりがひどくなり起き上がれなくて何も食べれなくて目が覚めてはポカリを飲んで吐いて気持ち悪くて起きていられないので寝て、を繰り返していました。
 
 
元々、妊娠がわかった時点で、必要最低限の人以外には伝えないでおこうと決めていました。理由は、昔一度、流産したことがあるから。

流産と言えるほど、長期間お腹の中にその生命がいてくれたわけではないけれど、それでも以前妊娠がわかった時には専業主婦(のような生活)だったこともあり、本当に本当に幸せで、ただそれだけで世の中がキラキラ輝いて見えました。夏真っ盛りで汗だくになりながら病院から帰って来たけれど、「世の中ってこんなにステキだったか?」と一人でにこにこしながらいつもの家路を歩いたのを覚えています。
 
 
その後、ダメになってしまったことがわかって、旦那さんの海外出張中に「ダメになるくらいならできなきゃ良かったのに」と1人泣きました。そのあとお医者さんに「すぐにできるよ」と言われたけれど、半年くらい頑張ってはみたものの全然すぐにはできなくて、毎回生理が来るたびに「またや…」と落ち込む私を見て旦那さんは「そんな風になるなら、もう子供いらんわっ」となり、私は再び仕事に邁進することになりました。

ただ、「産めなかった意味」は何度も考えました。「心拍が確認できるまでは誰にだってあることだから」とか言われるけれど、「なんで私なんだ?」と思うこともあって、ただ、幸いすごく仕事が好きだったので、「じゃ、次に同じように新しい生命が宿るまで、私は精一杯自分にできる仕事をしよう」と決めて、本当に無我夢中で働いてきました。

よく「どうしてそんなに頑張れるのか」とか「kayaちゃんだから」と言ってもらえるけれど、私はそんなに強くなくて、ただ、生きたいのに生きれない生命があったこと、生まれてきたいのに生まれてこれなかった生命があったことを誰よりも知ってるから、働けるのに働かないなんて選択肢はなかった。ちょっと頑張れば救われる誰かがいるなら、頑張れる人が頑張ればイイ、そう思って仕事と向き合ってきました。
  
  
話を戻すと、誰にも言わないで最悪な形で辞めてやろうと思っていたわけですが、それから、数日後、やっぱり仕事のパートナーにだけはちゃんと話しておこうと思い、旦那さん以外の人に初めて話しました。

昔「7時に帰るようなやつとパートナーは組めれん」と言われたことがあったので、「妊娠してるようなやつと一緒にいいもの作れん」と言われるのが怖かったので、ここでそう言われたら、もうさっぱり仕事も辞めれるんじゃないかと思って相談しました。

でもその答えは、全然予期していないもので、「何よりおめでとうって思ったで!」と言ってくれました。私が「出産したら半年くらいで戻ってきたいと思ってる!」と言ったら「はっ?2年は子供と過ごせや」と、どっちが親になるのかわからない感じで反対され、それでもSkypeとかチャットで私が働き続けられる方法を一緒に探してくれて、「辞めるとかないで!分娩台に乗ってもSkypeで仕事やで」と言ってくれたのは120%冗談だと信じたいけど、それでも、何よりも必要としてもらえていることがすごく嬉しくありがたくて、ちゃんと会社や仲間に話すことにしました。
 
 
この話し合いをするまで、何が一番「私らしい生き方なのか」をずっと考えていました。書くことすらもうやめて、専業主婦になろうかとも思いました。でも、この話し合いをして、辛い時も、嬉しい時も、悩んでいる時も、書くことで誰かに何かを届けること、それが私ができることだと改めて思いました。
 
それまで、このブログでも妊娠についてお知らせする予定にはしていませんでした。書くとしても、出産間際くらいにちょっとお知らせ程度で考えていて、今ははだ、安定期にも入っていない小さな生命に何があるかわからなくて、「まだ何があるかわかんないよ?」という声もあるけれど、「それはそれで向き合えるんじゃないかな?2回目だし笑 それが私の人生だし。」と言えるくらいには強くなった気がしています。
 
 
それから、「私、全部文章にして生きていきたいと思ってる。あなたがここにいることも伝えて、私が感じたことや、悩んだことも、全部綴っていきたい。読んでくれたどこかの誰かの心にほんの少しでも触れられたらいいなって思うから」と、お腹の子に話かけてみたところ、それまでひどかったつわりがピタっと止まったので、勘違いかもしれないけれど、「この子は私が決めた生き方を応援してくれるだろうな」と思えたから。(※その1週間後に地獄の2回目のつわり生活が始まるけれど!!)

只今つわり真っ最中で、そのせいなのか電磁波(PCやスマホの画面)怖い病なので、また状態が落ち着いたら更新します。
 
 
私、お母さんになるみたいです。
 

-職業:ママ

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