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フリーランスとして、ママとして、自分をブランドにする生き方|栢原陽子

ちょっと成長

人生は思い通りになるからもっと自由に夢を描こう

投稿日:2016-04-04 更新日:

家に飾ってある桜の花
 
忙し過ぎた3月が終わった。

twitterで「地獄の3月」と表現したら仲良しから「大丈夫?無理しないでね。」「心配…」とのメッセージをたくさんいただいた。冷静に考えればそんなこと呟いている時点でアウトなんだけど当時は「あー、かなり周りに心配をかけてしまっている」と申し訳なく思いながらも、精神的にギリギリのところで生きていた。

3月の後半は忙しすぎる毎日の中で、ただ目の前のことに一生懸命で未来への希望や夢が見えなくなってしまいそうになっていた。

4月に入って気持ちを新たに挑もうかと思っていたけれど、そんな気持ちを整える時間もなく4月が始まっていたところ、私の限界ギリギリで生きる様子を見かねた尊敬する人から

じゃ、kayaの理想像は何なん?どうなったら一番幸せなん?

と聞かれた。

いつも裏方として誰かを応援することに徹して来た私は、誰かの夢を叶える手伝いをすることは得意だけれど自分の理想像なんて考えたこともなくて、理想像を考えることも言葉にすることも恥ずかしくて戸惑った。でも信頼している相手だからこそ、この人なら話しても大丈夫と思えた。

○○︎な仕事ができて、週に2日休めたらあとは朝から晩まで働いてもいいから、月に○万︎円くらい欲しくて、○○︎な仕事がしたい

と答えたけど、なんとなく「そんなもんかなぁ?」という感覚か残った。

私の返事を聞いて「じゃ、○○したらいいやん?」と言われたが提案されたものは確かに私が言ったすべてを叶えてくれそうな案であるにも関わらず、なぜだかしっくりこなかった。「うーん…そうじゃない…」とうなっていたら

んー。kayaはもっといろんな可能性があるし、いろんな場所で活躍できるから、今いる場所に縛られる必要はない

と言葉をもらった。

そこで初めて、自分に今いる場所以外での未来があることに気づかされた。

どれだけ小さい範囲でしか理想を描いていなかったのかとびっくりするけれど、そのくらい私は足元のことでいっぱいいっぱいで未来が見えていなかった。

理想を聞いてるだけなんだからもっと自由に描いたらいい。

その言葉が衝撃だったくらいに、「理想」という本来何も縛られていないはずの夢の世界でさえ、私には”現状”という枷(かせ)があり、勝手にそこに囚われて小さくなってしまっていた。

全ての枷を外して自由に未来を考えた時、一番キラッと光って見えたものは、やっぱり「私、文章を書いて生きていきたい」だった。

もっともっと本を読んで、好きな作家さん、コラムニストを見つけて、心震える言葉に出逢いたいし、その人たちの何が私の心に響くのかを考えて私もそんな文章が書けるようになりたい。

もっともっと文章を書いて、どこかの誰かの心を動かすような文章を書けるようになりたい。何を書くのが私の武器になるのかはまだわからない。でもわからないから書かないんじゃなくて、わからないなりにめっちゃ書いてみる。そうすればきっと見つかる。

今までも目の前のこと1つ1つに無我夢中になりながらギリギリのところで生きてきた。それを今度は「書く」というところでやってみたい。

成功する人は、「人生は思い通りになる」と信じています。そして、人生を諦めている人は「人生が想い通りになるはずがない」と思っています。どちらの考え方でも、その人が思っている通りになるのだと私は思います。
(「半径5メートルの野望」 著:はあちゅう)

と、最近読んだ本に書いてあった。
 
 
人生は想い通りになる。
だからこそ、もっとワクワクする理想を描いていきたい。
妥協したくないし、諦めたくない、自分の未来を。
  
  
 
※関係者のみなさまに誤解の無いように伝えておきますが、今の仕事も一緒に働く仲間もこれ以上無いくらいに大好きであり、求められる限り何かしら関わっておきたいと思う大切な場所です。もちろん今の仕事とも精一杯向き合っていくのは変わらないつもりです。

-ちょっと成長

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