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フリーランスとして、ママとして、自分をブランドにする生き方|栢原陽子

書くこと

彼がいなくなった世界で

投稿日:2017-02-01 更新日:

「思い描く世界を形にして、自己満足だと言われてもいいから認めてもらいたいんだ。だから俺は映画を撮りたい。」

出会った時からずっと、彼は映画監督になりたいと言っていた。映画なんて話題作くらいしか見に行かないし、映画の持つ力はすごいなと思うけれど映画を自分で撮るなんて発想、生まれて一度もしたことがない。

そんな彼とのデートはいつも、出かけるなら映画館。出かけないなら彼の家でネットに繋がったTVで彼が選んでくれた映画を見る、というものだった。

「よく飽きないなー」と思うくらいに、昔の名作から流行りのものまでジャンルは問わずに一緒に見続けた。もう世の中の映画は全部見尽くしたんじゃないかと思うくらい毎日見ていても、まだまだ新しい映画、古い映画を用意してくれて私たちは一緒に見た。
 
 
私は面白くない映画や難しい話では時に寝てしまったけれど、彼は何も言わずに毛布をベッドから持ってきてかけてくれた。映画を見終わって彼がいろんな話をしてくれたけれど、ファッションにしか興味がなかった私の心に残ったのはいつも時代や国、文化によって異なるそのファッションだけだった。でも、彼が語ってくれる言葉を理解したいと思ったし、今度の映画では少しでも同じような感じ方をしてみたいとも思って必死で聞いた。私に楽しそうに映画の話をしてくれる彼の姿が何より好きで、ずっと話続けて欲しくて私は必死で聞いた。
 
 
出会った時に「私、映画は詳しくないよ。というかほとんど知らない」と予め伝えていたので、私が映画の選定を任されることはなかった。たった一度を除いて。

2人が出会った記念日に、彼は突然「ねぇ、たまにはさぁ、好きな映画や見たい映画、選んでよ。どうせだったら好きなやつ。」と言ってきた。そんな映画マニアな彼にオススメできるようなレパートリーは無かったけれど、彼と一緒に見ていない映画で好きな映画は2つあった。少し迷った末、2番目に好きな映画のタイトルを答えた。
 
 
彼は私が言った作品名を探しながら「へー。聞いたことあるけど見たことないなぁ。」といつも通りにレンタルした。見終わったあとにこっちを向いてにこっと笑うので「こういう映画好きって言ったの、なんて思われただろう」とドキドキしていると「こういうの好きなんだ。…らしいなぁ笑」と真っ直ぐな笑顔で言われてなんだかこそばゆかった。
 
 
それから3ヶ月後、私たちは別れた。お互いに好きだったけれど、将来を考えて2人で決めた。鬱陶しいくらいに彼の記憶は消えなかった。金曜日も土曜日も日曜日も、9時になるとTVでは映画が放映された。どれもこれもが一緒に見て感想を言い合った思い出の作品で、その度に彼の思い出が蘇った。

テレビ局が勝手に選ぶ映画を目にするのがいやで、私はニュースか音楽番組だけをつけるようになった。でも音楽でさえ、「これ、あの映画の曲かも…」と、彼を思い出させ、思い出はどこまで行っても私を逃がしてくれなかった。
 
 
それから私は、家で1人何度も何度も1番好きな映画を見た。好きなセリフでいつも通りに「このセリフ好き」と思い、好きなシーンで画面に釘付けになり、クスっと笑うところでいつも通りに笑った。この作品を見るたびに「好きな映画は?」と彼に聞かれた時のことを思い出した。あの時私は、2番目に好きな映画のタイトルを答えた。

1番目に好きな映画を伝えなかったのは、いつかもし彼と別れる日が来てしまった時に、1番好きな映画を彼の思い出の中で見ることに耐えられない気がしたから。別れる日がくるなんて思っていたわけではないけれど、彼のことがあまりに好きで怖くて、無意識のうちに防御線を張っていた。
 
 
1番好きな映画のタイトルは彼には伝えられなかった。そのことが、結局はその映画を見るたびに思い出された。

それでも映画を見ている間は、そこには彼との思い出がなくていつも安心した。彼の思い出を上塗りするように、何度も何度も彼には言えなかった映画を1人で見た。彼と出逢う前に好きになって、彼と付き合っている間もこっそり好きで、彼と別れても変わらず好きな映画は、彼の存在はそこには介入しない、私だけの映画のような気がした。もしあの思い出の日々の中で2人で一緒にこの映画を見ていたなら、語り合っていたなら、今も、これから先もずっと私はこの映画を見られなかった気がする。
 
 
今から数年後、もしかすると、彼と見た思い出の映画の数々はもう私の恋心をくすぶるようなものではないかもしれない。そう考えると、今鬱陶しいくらいに思い出される記憶が、とても愛おしいもののように感じて、鬱陶しいはずなのに薄れていかなければいいのにと思ってしまう。
 
 
でもきっと、人生ってそういうものなんだろう。
 
  
私はまた、誰かに恋をして、彼と行ったのと同じように一緒に映画館に行く。ただ、そこにはもう、楽しそうに嬉しそうに映画の魅力を語ってくれる彼はいない。
  
 
 
 
※この物語は200%フィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。ちなみに私は映画監督を目指す男性と付き合ったことも出会ったこともありません!!(だからどうした?!って聞かれても困るけれど(*´・ω・))
 
 

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