後輩に贈る仕事哲学

“本気”が叶わないのはできない理由を用意しているから

kaya初詣画像

年末、師匠とWEBチームのリーダーと3人で飲み会に行った。

そこで「おれはおまえらと仕事がしたいんや」と言ってもらったので、「でもほかにもすごい人、周りにいっぱいいますよね? なんで私なんですか?」と聞くと「なんで友達と仕事せなあかんの? 俺はおまえらとやるのが面白いと思ってるし、俺と同じ能力を持ってるやつはいらんの笑」と言われた。

私は「文章力ですか??文章力ですか?それって私の文章力を褒めてますよね?さぁこい!!!!」と思っていると、「俺が欲しいのはkayaのコミット力と…」と言われた。

はっ…?なんすか、それ?私、そこですか?と思いつつもちょっと嬉しかった。
 
 
私は「”心底やりたいと思ったこと”でできないことはそうそうない」と思っている。

それは、何度失敗してもできるまでやめない根性があるから。そのおかげで誰から見ても遠回りな道をもう地球何十周もするくらい繰り返してきたので、同年代の子と比べても「無駄なこと」「仕事のこと」「それを考えた時間」の経験値は圧倒的に多いと思う。

仕事をしていても「打つ手がなくなる」ということはほとんどないし、物事に対して「判断しかねる」ということもほぼない。

例えば仕事に関しては、師匠の意見と違った判断をしていたとしても「こういう意図があります」と言えば、「一理ある」と言ってもらえるくらいの仕事の質は出せるようになってきたと思う。(ただし、人としての成長に関しては「あまいなー」「まだまだやな」「だからおまえは…」と言われることの方が多い)
 
 
私が思うに、本当にやりたいと思っていることができない理由は3つ。

1つは、タイムリミットが短すぎるもの

例えば「明日までに1億円用意してきて」と言われても今すぐには無理だけど(師匠が「おまえならできる」と言ったら「あっ…できるんかも」と思って動き出してしまいそうで怖いけど)、「1年後までに1億円用意して」と言われたら、なんとかする方法がある気がする。

2つ目は、本当にやりたいことじゃないこと

例えば師匠が「俺がやりたい事業にどうしても1億円が必要だからなんとかして欲しい」と言われれば、尊敬する人の夢を叶えることに仕事の価値を見出してる私としては、駆けずり回ってでもその1億を用意する。

でも、単純に「1億円用意してきて」と言われて、その用途がわからなかったら私は本気でそれを叶えたいとは思わない。本当に心からやりたいと思えないことのためには動けない。

3つ目は、できない理由が用意してあるもの

できない理由なんて腐るほどある。どんな小さなコミットだって、「明日会社に行く」だって、できない理由は簡単で「風邪ひきました」「電車止まりました(無理がある)」とか、なんだっていい。できない理由を見つけることができれば、だいたいのことは叶わない。だから私は「できない理由」は絶対探さない。
  

  • 本当にやりたいこと
  • できると思えること
  • 「できない理由」を探せないほど本気になれるもの

この3つが揃ったならば、あとはもうやるかやらないか、しかないんだと思う。
 
 
師匠が褒めてくれた「コミット力」。私は今まで気がついたら、そうやって磨いて生きてきた。