「女子力」と戦うエッセイ

人生がラブストーリーでありますように

代官山蔦屋

私の父はすごく読書家で、夜父のベッドに潜り込んでは枕元にある分厚い本を見て「お父さん、すっごい本読むんね。この本、絵、ないで?」と子供ながらにびっくりしていた。

私は大学生になって読書の楽しみに目覚めた。その姿を見た母が言った。「やっぱりね、私の育て方が良かったんだよ」と。いや、お父さんの背中でしょ?と見るからに納得いってなさそうな顔をしている私に向かって母は続けた。

「私ね、陽子とお兄ちゃんが本が好きな子になってくれますように、と思って、子供の頃、寝るまでずーーーと本の読み聞かせしてたんだよ!!」と。「うっ…うーん。。。」と確かに戦隊モノの本を読んでもらった記憶はおぼろげにあるけれど、その程度で本好きになるか?との疑問は湧いたけれど母が満足そうなのでスルーした。
 
そんな私が父以外の人から初めて本をもらったのは22歳の時だった。

大阪で開催された就職活動のセミナーで偶然同じチームになった訳あって2つ年上だけど同級生の男の子からの贈り物だった。彼は一流商社に就職し、私はまだできて5年やそこらの第一希望のベンチャーに就職を決めた。その後、私がその会社を辞めることになった時、彼が1冊の本を贈ってきてくれた。そこには「俺の好きな本やけど、陽子に似てる。読んでみ」と小さなメッセージカードが添えられてあった。

本のタイトルは「裸足でも生きる
  
読んだ人、もしくは彼女の経歴を知っている人ならわかるけれど、私と同年代の女の子が(当時20代半ば)発展途上国で製品作りなど事業を起こす話だけど、「陽子に似てる」は恐れ多くて書いていて手が震える。

感想を送らなきゃと思い「この子、すごすぎるやろ!」と送ったら「陽子も新卒で入った会社をやめたってことはもう普通のレールじゃないってことや。やめたからこその、おまえの成長が楽しみや。」と返事が返ってきて「かっこよすぎるやろ」と思った。
 
と、そんな私が今年になって2冊、本をプレゼントしてもらった。1冊は広告コピーの本。そしてもう1冊も広告コピーの本。

代官山蔦屋

本屋さんのコピーライティングのコーナーで気になった本を手に取り1ページ目の内容にうっとりしていたら、一緒に行っていた仲良しにひょいと取り上げられた。

「この本、おもろいん?」と聞くので「うん、めっちゃイイ気がする」と答えたら「ふーん。じゃ、これ買ったる。しっかり勉強し」と言ってレジに持っていってくれた。

本を贈る男はどうしてこうもかっこよく見えるのか?

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本>>「物語のある広告コピー シリーズ広告編
 
この本は

人生がラブストーリーでありますように(by山田尚武)

のコピーで始まる。

物語のある広告コピー シリーズ広告編

どんなことがあっても、1ページ目は必ずラブストーリーから始まる本なんて、この上なく素敵だ。小説を読むでもなく、エッセイを読むでもなく、ページをめくることなく、たった一行の言葉でなんだか幸せになれる。すごいコピーにはそれだけの魔法が宿っている。
 
1ページ、1ページめくるごとに「こんなすごいコピーを考えられない自分が悔しい」の気持ちと「その視点、天才ですね」の気持ちが複雑に絡み合い、結果「世界はこんなに温かいのか」とコピーを考えた人やそのサービスを届けようとしている人たちの優しさに心温かくなる。読み終えてしまうのがもったいなくて、たった一行を味わうために隅々まで目を凝らしながらめくっていく。
 
いつもは本は早く読み終わりたい私だけれど、このペースだとなかなか読み終わることがない気がする。でも、この本の思い出と温かいコピーによってもたらされる「幸せな時間」がいつまでも続くのは、そう悪くない気がする。