「女子力」と戦うエッセイ

幸せを自家発電できる女でいるために

幸せを自家発電できる女

世の中には男と女、それ以外、という「人間」と呼ばれる種別がいるけれど、「男性は自ら癒しを作れない」と聞いたことがある。それ以外、については知らないけれど「女性は自ら癒しを生み出すことができる」そう。つまり女性が自ら癒やしを生み出すことをやめてしまうと、男性は癒されることができずどちらもストレスでいっぱいになってしまう。

この話を聞いた時「女性ってなんてすごい生き物なんだろう」と思った。私にも憧れの女性とやらは何人かいるけれど、その中の1人にヨガ講師でありアーユルヴェーダ愛好家のサントーシマ香さんがいる。
 
 
もう出会って7年くらいになるけれど、いつも本当に面倒見がよくて優しくて気遣いができて可愛くて……ともうそこは周知の事実なので説明を省くけれど、今年の夏、第二子を出産した彼女は、先日インタビューで会った時にはさらに優しさが増しているように見えた。

そんな彼女から「女性の身体は尊いもの」とか「女性の身体は神秘的なもの」という言葉を直接聞くと、もうそれはそれは本当に「女性の身体ってすごいエネルギーが宿ってるんだろうな」と思わずにはいられなくて、ここ数日「女性性」を考える時間を持った。
 
 
私は仕事が好きで周りに「働きすぎ」「休みなさい」と言われるくらい常に働いている。時間も心も身も削って戦っているわけだけれど(もちろんそれ以上に楽しいんだけれど)、仕事は私の男性性をこちょこちょと刺激し、仕事が楽しくなるほど「どうして私は男じゃないんだ?!(ちゃぶ台ドーン)」を心の中で唱える頻度が増えていく。
 
 
でも、「女性性」を考えるようになり、最近少し「自分を慈しむ時間を持つこと」を意識している。

子供の頃から私の中の男性性は「髪はショートカットにしとこうぜー。早く乾くにこしたことないぜー」と言いくるめようとしてくるが、切ったり伸ばしたりを繰り返し、遂に私の髪は背中の真ん中あたりまで伸びた。正直言うと今でも時々「この髪を乾かすという作業はすごく人生を無駄にしている。1日10分かかったとして1年で3650分。60時間?!約2.5日を無駄にしているのか?!」と考えるといても立ってもいられなくて、少しでも髪を傷めず早くに乾かす方法をネットで検索していたりする。
 
 
一方で私は、ふと歩いている時の道路に落ちた自分の髪の影をこよなく愛している。風が吹くとさらりと影が揺れる。影には当たり前だけれど顔がなく、その髪の持ち主が美人かどうかなんて関係なくて、それが私かどうかも関係がない。しなびやかに揺れる様を見ては「あー、女性っぽい」と単純にそう思う。「これがあるから私は女でいられる」と私の中の女性性が時々顔を出して言ってくるから、どれだけ手間暇がかかろうと髪は切らない。私の髪は「それだけ長くてそこまでキレイな子はなかなかいない」と褒めてもらえるレベルにまで育てている。

これが私の女性性を保つための最大ポイントだけれど、最近ではネイルもするし、料理もする。共通点は「自分を大切にしてあげている」ことであり「あげている」というその面倒くささが結局は好きであり、私の女子力を育てている。
 
  
加えて最近のこだわりはバスソルトを入れること。入浴剤よりも「塩」なのは、塩には浄化作用があるから。どうしても元気の出ない日が続いた時「明日は少しでも元気になれますように」と願って1日のイヤなことや疲れたことを全部洗い流したくて、「塩」を入れる。たっぷりのトリートメントで髪を包み1時間くらい読書をする。(ちなみにTOP画像の後ろ2つは、香さんからいただいて使いはじめたシリーズ)
 
 
毎日、ほんの少しでも自分を満たして、明日また誰かに少しでも癒やしのおすそ分けができるよう、今日も私は幸せの自家発電に粛々と励む。
 
 
とか書きながら缶チューハイ片手にカップヌードルすする女、どーよ。