「女子力」と戦うエッセイ

素直になれない夜に思うこと

カフェもか

素直に生きないと損するのは陽子やで

と昔パートナーに言われた。怒ることはほとんどないけれど、自他共に認めるすぐすねる性質を私はもっている。
 
20代の若い頃と比べるとさすがに今は仕事ではすねることは(少)なくなった(と思う)けれど、プライベートとなるとやっぱり話は別で、思うようにいかないこと、相手の行動が理解できないこと、自分だけが頑張っているような気になる時、どうしても素直になれないでついすねたりぐれたりしてしまう。

末っ子気質な私は「甘え上手」と言われることが多いけれど、実際そんな可愛いものではなくて、特に身近な人やパートナーにこそ、「私のことわかって欲しいし考えて欲しい」を求めてしまい、上手に甘えることも素直に気持ちを伝えることもできないで、一番伝えたい気持ちとはうらはらに、冷たく接したり素っ気なく接したり、自分から諦めるような発言をしてしまう。
 
「あー、このタイミングで『ぎゅーってして』とか可愛く言えたらきっといろんなことがうまく行くんだろうな」と思う時もあるけれど、一度すねた自分が出て来るとどうにも収拾できなくて、素直になれなくて、それ以上の言葉を伝えなくても気持ちをわかって欲しくて、すねたふりをし続けて、結局、関係が崩れて行くのを苦しくなりながら見ているしかできない時がある。
 
 
「きっともうちょっと距離がある関係ならもっとうまくできるのに」と思うことも多々ある。近いからこそ「分かって欲しい」と思ってしまうし、同じ気持ちでいてくれる事を求めてしまう。

でもお互い様だけど、気持ちの量なんて誰にもどうやっても測りっこない。相手がどれだけ自分のことを思っていてくれてもきちんと届いていないとその気持ちの量に不安になってしまうし、逆にどれだけ思っていなくても満足できるだけの言葉を届けてくれると安心なんだろう。逆に、伝える気持ちや言葉が多過ぎると自分はそんなつもりではなくても相手には負担になってしまうこともあるかもしれなくて、気持ちをどう伝えるかは常に難しい。
 
今日は、どうしても納得できないことがあった。

「拗ねた」というより、ここ最近の積み重なりから「なんで?」という想いが大きくなって、その想いが身体中から「納得できないし、いいよと受け止められるほど大人ではない、けれどダメだと言ってしまうほど子どもでいたくない」というどう考えてもややこしい感情が表に出た。
 
このもどかしい想いを抱えたまま家に帰っても悶々としたまま眠りに着くことになってしまいそうで、帰り道にコンビニで大好きなアイスを買ってはみたものの「これを今食べると明日の朝起きてから絶対後悔する…」なんて余計なことを考えていると結局食べれなくて帰ってすぐに冷凍庫にしまった。

ふと先日

口角を上げれば脳は、この子は今幸せなんだと勘違いしてくれる

と習ったのを思い出して、頑張って口角を上げてみるけれどうまく笑えなくて、「口角を上げる量が足りないのかも」と思い2,3回試してみるも全然幸せが増えた気がしなくて「口角上げる筋トレしなきゃ」とどうでもイイことを考えながら、ふと、思い立って調べてみた。

拗ねる:(不平・不満があって)すなおな態度をせず、ひねくれたようなしかたで我(が)を張る。
(参照:Google調べ「すねるとは」

そう、素直になれなくてひねくれてみせるしか方法を知らなくて、コントロールしきれない感情を見せたくなくて我を張った今日の私。もちろんこの感情を隠しきれないことが、全身で「私は子どもです」と言ってしまっていることもわかっている。でも、そんな感情を持つ私をわかって欲しいとも思ってしまう、近い存在だからこそ。
  
昔言われた言葉が頭をよぎった。

素直に生きないと損するのは陽子やで

中身は全然大人になりきれていないのに素直に甘えることもできず「子どもでいたくないけれど受け入れられない感情」のせいで拗ねてしまった分だけ確実に今日は損をした。「なんでこんな態度しかとれないんだろう、私…」を改めて反省、後悔しながら、少し冷蔵庫のアイスに想いを馳せている金曜日の夜。

明日はもう少し、優しくなれるといいな。おやすみなさい。