「書くこと」を考えるエッセイ

言葉は人生を左右する

苺

(いちご、いただいた。嬉しくて写真撮った。それだけ。)

言葉は人生を左右する

最近、以前より増してそう思って言葉や文章と向き合っている。どの言葉、誰がくれた言葉を信じるかによって人生は大きく変わるし、逆に届ける言葉1つで相手の人生を大きく変えることもある。
 
最近聞いた話で

得意なことは勘違いで始まる

といった言葉がある。的確な表現だと思った。

その話は、今は画家として活躍されている女性が絵を好きになったきっかけが、子供の頃におばあちゃんに「○○ちゃんは絵がうまいね」と言われたこと。

その言葉を信じて自分の糧にしていくのか、単なるおばあちゃんの贔屓目によるものだと思うかで人生は大きく変わる。でも”贔屓目”なんてことを意識する前の段階でその言葉に出会えた子供は、純粋にその言葉を嬉しいと思い受け止めるだろう。

逆に言えば、おばあちゃんが「絵がうまいね」と言わなかったらその女性は画家にはならなかったかもしれない。
 
そもそも私が「言葉を使って生きていきたい」と思ったのも、子どもの頃に父親からもらった言葉や、高校生の頃に大好きな親友からもらった言葉がきっかけだ。

高校の卒業式の日、クラスのみんなの前で1人1人が順番に挨拶をする時、私が伝えた言葉でみんなが泣き出した。後から親友に「陽子の言葉は特別だから大事にしてね」と言ってもらった。
 
私の可能性に勘違いしたのは、その言葉を伝えてきた彼ら、彼女たちかもしれないし、何気無く褒めたその言葉をうっかり間に受けてしまった私かもしれない。

でも私は書くことが好きだし、少なからず2人の言葉は私の自信につながっているし、時々ほかの人から「ブログ読んだよ」「コラム、いい感じやん」と言ってもらえるのも嬉しいし、もらった嬉しい言葉を信じて生きていきたい。
 
今はもっともっと書く仕事、言葉を使う仕事を増やしていきたい。でも、書いていて「これが誰かに届いているんだろうか?」とわからなくなるときもある。それでも書き続けたいと思うのは、みんながくれた嬉しい言葉を信じている自分がいるからだろう。それを勘違いだと思って流せばそこまでだけれど、信じて努力すれば何か違う景色にたどり着く気がする。

「夢がそんな簡単に叶うものではない」と思うも自由だし「夢は叶うもの」と思って生きていくのも自由で、どちらの言葉を信じて生きていくかの違いだけだけれど、信じる言葉によって、今まで受け止めてきた言葉によって、人生が大きく変わるのは間違いない。
 
だから伝える側にも、あなたが発する言葉が相手の人生を左中することを知っておいて欲しい。特に親しい相手や近い存在の相手であれば、なおさら相手の人生を左右する言葉になるから。なるべく心地よい、温かい言葉を伝えて欲しいなと思う。

私も、こうして言葉を選んで並べて生きていくからには、誰かの心をほんのり温かくしたり、またがんばろうと思ったりしてもらえる言葉を選んで伝えていきたい。